ウ・タントをご存知でしょうか?

UTant.jpg◆人名しりとり...
ウ・タント(U Thant/1909.1.22〜1974.11.25)第3代国連事務総長。教育者。
ビルマ(現 ミャンマー)に生まれ、ヤンゴン大学で歴史学を専攻。卒業後、高校で教鞭をとり、25歳で校長に就任。
1947年、38歳のときにビルマ政府のPress Directorとなる。
1948年、ウー・ヌが独立後初の首相になると放送大臣 (Director of Broadcasting)となる。この時39歳。
1957年、49歳で国連のビルマ代表に。
1961年、52歳の時に国連の事務総長となり1971年まで務める。
若くして、自国の重要なポストを任され、やがて国際的に最も重大な責任を負うことになる。
古くから続くビルマ王国は、1885年に滅び、1886年にはイギリス領インドに併合されその1州となっていた。ウ・タントが生まれたのはそんなビルマだ(ビルマ人? インド人? イギリス人?)。
1937年、インドから独立してイギリス連邦内の自治領になる。ウ・タントが高校の校長をやっている時期だ。
1942年、日本軍と共同してアウンサンによるビルマ独立運動がはじまり、イギリス軍を駆逐し、やがてビルマ国を設立する。
1945年3月、アウンサン指揮下のビルマ国民軍は、日本とその指導下にあるビルマ国政府に対してクーデターを起こしイギリス側に寝返り、連合軍がビルマを奪回。日本軍に勝利したが、イギリスは独立を許さず、再びイギリス領となる。
1948年、イギリス連邦を離脱。ビルマ連邦として独立。初代首相にウー・ヌが就任。 ウ・タントが放送大臣になった時だ。
1962年、ネ・ウィン将軍が軍事クーデターを起こし、1988年まで軍事独裁体制を維持。ウ・タントが国連事務総長を務めている時期だ。
民主化運動が盛んになり、ネ・ウィンが辞任するが、1988年9月18日の軍部によるクーデターで政権掌握。現在に至っている。
(参考:http://ja.wikipedia.org/wiki/ミャンマー)
その他の世界
ベトナム戦争(1959年 – 1975年)
キューバ危機(1962年10月)
アポロ11号による月面着陸(1969年7月20日)
大阪万国博覧会(1970年)
そんな時代に、ウ・タントは、世界のために働いていたという。
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